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○†● 政治と宗教の関わりについて ●⊥○Part-3

1 :右や左の名無し様:04/04/10 15:57 ID:IGGGw8Vi
前スレ
宗教と政治の関わりについてPart2
    http://tmp2.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1070089253/l50
part1 http://tmp2.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1068170639/150

靖国スレではありません。議論として靖国の問題を書き込むことはかまいませんが
あくまで政治との関係においての議論にとどめていただき「本格的な靖国議論」は
しかるべきスレでお願いできればと思います。

2 :◆r0FmiN9ADk :04/04/10 16:04 ID:???
前スレでの回答をする必要もありそうなので、一応立ててみました。

前スレ870-872、Santi氏に対する回答。
>民主主義がカスであろうがなかろうが、それより優れた制度が未だ人類には見出
>せていないというのも事実な訳で

>むしろ「民主主義がカス」だってはっきり言っているじゃないか。
どう診てもはっきりいっていないと思うが・・・。

>それを機能できる状態を許した明治憲法下
>における人権に対して「法律の留保」を課していたことの問題性を論じることは十分
>可能だろ。
「一番典型的な例は、治安維持法による言論の自由の侵害だろう。」と言うあなたの書き込み
の検証が議論で、そのようなことが可能かどうかなど議論していません。
言論の自由の侵害、あるいは国家総動員法によって出 版物に対する強度の規制もされた、という
具体的事例(いつどのような法的根拠で、誰の、どのような言論が侵害あるいは規制されたのか)
欠かなければ議論になりません。あなたの脳内だけのことではないでしょうからご提示を再度
お願いしておきます。
>実際は拡張解釈が行われ共産主義者以外の者例えば自由主義者や宗教者が弾圧された点だ。
こちらも具体的な事例提示をお願いします。




3 :◆r0FmiN9ADk :04/04/10 16:14 ID:???
871の指摘は論外です。
原告は
信教の自由の侵害・平和的生存権の侵害により
原告らは前記損害を蒙ったものであるから、被告国は、国家賠償法1条に基づき、原告らの損害を
賠償する責任がある。
被告小泉が故意をもって原告らの権利を侵害する不法行為を行い、 これによって原告らは前記損害
を蒙ったものであるから、被告小泉は、民法709 条に基づき、原告らの損害を賠償する責任がある。
と主張している。
原告としての適格はこの点・・・すなわち信教の自由の侵害・平和的生存権の侵害による
損害賠償の当事者となりうるにせよ、その侵害の事実はないから、損害賠償は認めらえなかった。
これが裁判の示するところである。
訴訟において、政教分離違反の行為による損害賠償請求はなかったのだから、その請求がない以上
当該行為が政教分離に反するかどうかの主張を国側が行う必要はないと言う当然のことさえ
理解できず、
>首相の参拝行為が違憲であるという原告の主張 に対して反論をしておくべきだったにも拘らず、
等と妄言を吐くようでは・・・。

4 :◆r0FmiN9ADk :04/04/10 16:20 ID:???
つづき
>もう少し積極的に憲法判断に踏み込もうと努めることは不当な事ではないであろう。
おいおい司法制度の根源に関わることじゃないか。
具体的係争がない場合に憲法判断をすることは、司法の役割であるかどうかさえ、疑義がある中で
もう少し踏み込むなどと言う人の気が知れない。
ある法律を憲法違反とするということは、民意を否定すると言うことにつながるんだが、それは
分かっているのかな?国民主権国家において民意以上の権力を司法が握りうるその権限の根拠は
一体どこにあるのかと聞いてみた息もするが、マァ回答は得られないだろう。

>政教分離を出来るだけ徹底させるのが妥当だという事になる。
信教の自由とは慣れてそのようなことをして、一体なんになるんだ?信教の自由から離れたとたん
参政権と言う人権への侵害になると言うことも分からないようだね。

5 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/10 16:48 ID:???
>れ氏
新スレ立ち上げお疲れ様です。>>2-4への返答は夜にゆっくりとさせて貰うよ。

6 :右や左の名無し様:04/04/10 22:38 ID:???
まぁ少々の宗教工作員の策略に乗ってしまった多数の軍事アニメオタクがネット言論を動かしているでFA?
実際学会が自民党を懐柔するよりこっちのほうが影響力が多いからね。

7 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/11 01:12 ID:???
>>2-4 れ氏
>どう診てもはっきりいっていないと思うが・・・。
 あなたの理解力不足のなせる業だと思うが、人権に重きを置くということは当然に
民主主義に対しては多かれ少なかれ疑念を抱いている事を意味する。民主主義を最大
限に重んじるならば、人権に前国家性などは認められず権利はあくまでも憲法やその
他の法律が認めた範囲でのみ認められることになり、自然法の存在も否定され法実証
主義的な方向に行くことになる。自然法の存在を認めて、前国家性がある人権という
ものを主張しているのは民主主義に対して多少なりとも疑念を持っているのに他なら
ない。
>具体的な事例提示をお願いします。
 具体的な歴史的事例検証がしたいならば歴史板に行ってされればよい事で、ここは
政治思想板なのであるから、治安維持法のような人権を著しく侵害する法律が存在で
きてしまった明治憲法における「法律の留保」が課された権利規定の問題点を議論す
べきだろ。法律がどのように運用され具体的にどのような事件が発生したかは、政治
思想板としてはそれ程重要な問題ではなく、極論すれば、仮にかかる悪法が実際には
運用されず具体的に発生した事件が一件もなくても、法律そのものの問題点を検証す
べきだろ。
>政教分離に反するかどうかの主張を国側が行う必要はない
 だからだな、原告が信教の自由の侵害を理由とした損害賠償を請求する上で、首相
の参拝行為の違憲性は当然主張していたわけで、国側はそれに対する反論として首相
の参拝行為の合憲性を主張立証する必要はあっただろ。あるいは、よしんば原告側が
首相の参拝行為の違憲性を主張しなかったとしてもだ、首相の行為が原告の信教の自
由を侵害するものではないとの主張をする上で、その理由として首相の行為の合憲性
は当然主張すべきだろ。
>具体的係争がない場合に憲法判断をすることは
 今回の事例では具体的係争があったよな。

8 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/11 01:13 ID:???
>>4 続き
>ある法律を憲法違反とするということは、民意を否定すると言うことにつながるんだが
 だから、まさにそれが憲法が司法に違憲審査権を与えた最大の狙いだった訳なん
だが。民意が誤った意思決定を行い、人権を侵害するような法律を議会に作る事を許
してしまうという事態を何度も経験したから、司法に「法の番人」としてのこのよう
な権限を与えたという訳だ。
>国民主権国家において民意以上の権力を司法が握りうるその権限の根拠
 憲法自体がそういう権限を与えているのだから根拠もへったくれもないのだが。憲
法がそういう権限を裁判所に与えた理由は上に書いた通り。
>信教の自由から離れたとたん
>参政権と言う人権への侵害になると言うことも分からないようだね。
 訳分からん。何で急に参政権が出てくるのだ?もう少し具体的な説明をお願いする。

9 :右や左の名無し様:04/04/11 01:37 ID:8+ESuSGW
北海道の弁護士会が 
人命尊重で自衛隊撤退とかの声明だしていたようだけど・・・・

自己責任に触れず 何でも国の責任か・・・

そんなことより 宗教と政教分離の憲法論議についてのコメント出せ!




10 :◆r0FmiN9ADk :04/04/11 09:41 ID:???
>>7 Santi氏
前段:書いてある表面上の内容への感想だ。
中段:事例が挙げられないなら、話にならない。
後段:
>原告が信教の自由の侵害を理由とした損害賠償を請求する上で、首相
>の参拝行為の違憲性は当然主張していたわけで
何を言っているか分からない。政教分離違反と言う違法行為を元に何らかの損害賠償請求を
「していない」原告に対して、「政教分離違反はない」という証明義務が被告にあると言うなら
法律のお勉強をしなおしたほうが良い。
>>具体的係争がない場合に憲法判断をすることは
> 今回の事例では具体的係争があったよな。
あふぉ、あったら判決にそれを表明する必要がある。傍論にしか「政教分離違反」がかかれて
いない事実が「政教分離に関する具体的係争の不存在」を証明しているし、そもそも原告の
訴状を見る限り、「政教分離違反に関する損害」=「政教分離違反に関する係争」がなかった
事は明白である。
あなた法律に詳しいはずじゃなかったっけ?こんな単純な事実さえわからないの?

11 :◆r0FmiN9ADk :04/04/11 09:48 ID:???
>>8 Santi氏
>憲法自体がそういう権限を与えているのだから根拠もへったくれもないのだが。憲
>法がそういう権限を裁判所に与えた理由は上に書いた通り。

おいおい、憲法は「具体的係争がない限りにおいて」司法の違憲審査権を
「認めていない」ということさえ知らないのか?
具体的係がない場合、「司法は民意によって構築された法律」を憲法違反と
云うことが出来ないと言うのが、憲法が与えた違法審査権なんだが、それさえ
理解していないと言うことだね。(芦部憲法の司法の限界のところに書いてあるから
勉強して出直してくれ。)

>>参政権と言う人権への侵害になると言うことも分からないようだね。
> 訳分からん。何で急に参政権が出てくるのだ?もう少し具体的な説明をお願いする。
おいおい、他の人権と対立しない限りの「自由な国政運営」が参政権の根拠だろう。
自由な国政運営についての制限が政教分離であることを理解するなら、何某かの人権
(この場合信教の自由)と自由な国政運営のの対立軸をはずせば、その制限はどこに
Sの正当性を求めるのかなぁ。



12 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/11 18:43 ID:???
れ氏の求める「具体的な事例」を掲出します。議論の資料としてご活用下さい。

戦前の主要な弾圧

●大本教事件(神道系宗教の大本教に対する二度の弾圧事件)

大本教は1892(明治25)年開教された新教宗教であるが、大正時代にはいり、理論的指導者の
出口王仁三郎(おにさぶろう=なおの娘婿)を中心とした「世直し論」を背景に、特に第1次大戦後
に民衆の間に信者を拡大していった。勢力拡大に脅威を感じた国は1921(大正10)年2月、
幹部が不敬罪、新聞紙法違反等で検挙するばかりか、神殿を破壊した。大正天皇の崩御による大赦に
より免訴となるが、昭和期に入り不況による社会不安の増大と相まってさらに勢力を拡大していった。
35年12月8日、再び治安維持法違反、不敬罪による弾圧を受け(信徒3,000余人が検挙され、
拷問などで16人が死亡)、関係団体の結社が禁止され、裁判進行中(控訴審・大審院の判決は治安
維持法違反は無罪、不敬罪だけが有罪)に、京都府綾部と亀岡にあった教団本部施設の大半がダイナ
マイトで爆破され廃墟と化した。その上、教団所有の土地は教団幹部が逮捕拘留中に警察によって売
り飛ばされた。

●ひとのみち(教団)事件(1936年9月28日)

御木徳一(みき・とくはる)が設立した「人道徳光教」がその前身。1931(昭和6)年に教団名を
「ひとのみち教団」と改称した。1936(昭和11)年9月28日に徳一が刑事事件(信者の少女暴
行事件容疑)で大阪府警察部特高課に検挙され、さらに翌年4月28日(当時、全国の信徒100万人
といわれた)ひとのみち教団自体が不敬罪(「天照大神は太陽である」であるということが)で結社禁
止処分となり、教団は解散、徳一は投獄された。1946(昭和21)年、徳近が、ひとのみちの教義
をもとに神道色を排除して組織を再編してPL教団を創立する。戦前の弾圧経験から靖国神社国営化に
反対している。

13 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/11 18:44 ID:???
続き。

●創価学会への弾圧

1943年8月仏教系新興宗教の創価教育学会、「天皇神格」否定、「神宮冒涜」を理由に弾圧される。
創唱者で1944(昭和19)年に不敬罪と治安維持法違反で拘留中に獄死した牧口常三郎( 教育家・
宗教家)。「創価教育」を唱え、戸田城聖とともに創価学会の前身である創価教育学会を創設、「信念
の闘士」といわれた)は、取調べにその信仰に基づく信念を述べている。

1935(昭和10)年から39(昭和14)年にかけて不敬
(神社不参拝・神棚不祀・宮城遙拝拒否・その他)事件(大本教と天理教系4派は、
治安維持法違反ならびに不敬事件・結社禁止)で検挙・起訴された新興宗教とその数

「大本教」(皇道大本教団、起訴61名)
「ひとのみち教」(起訴7名)
「天津教」(検挙15名、起訴1名)
「天理本道」(検挙374名、起訴237名)
「天理神之口明場所」(検挙14名、起訴6名)
「天理三輪講」(検挙13名、起訴9名)
「三理三腹元」(検挙18名、起訴10名)

14 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/11 18:52 ID:???
続き。

宗教諸団体、とくにキリスト教、仏教等において、その教理・宗義等における反国体的言説・思想が
厳密な調査検討を受けるものが少なくなく、それらの団体の内外から排撃・刷新を呼ぶ声も強まり、
その「自由主義」「国際主義」「現状維持的平和主義」などが攻撃を受けた。とくにプロテスタント
派の多くのクリスチャンをはじめ多くの宗教者が、反戦・非戦や不敬(神社不参拝・神棚不祀・宮城
遙拝拒否・その他)の言動について「要注意」となり、教団内の内紛や「棄教」・「キリスト教の日
本化」(「世界に比類のない日本精神を樹立せしむるものは、基督教でなくてはならない」藤原藤男)
や教会の自給独立(外国からの経済的支援離脱)などの動きも起こり、キリスト教報国会なるものも
姫路に出現した。仏教においてもたとえば三九年八月には日蓮正宗関係の一雑誌が神祇の尊厳を冒涜
する記事のため発禁処分を受け、同一二月に宮崎県の浄土宗の一住職が「世に善き戦争なく、悪しき
平和なし」「無謀の戦は一年に於て数年の事業を毀つ」等の聖句を寺前に掲出して警察に抹消させら
れた。


 三九年三月に成立し四〇年四月から施行された「宗教団体法」は、「宗教団体または教師のおこなう
宗教の教義の宣布もしくは儀式の執行または宗教上の行事が安寧秩序を妨げ、または臣民たるの義務に
背くときは主務大臣〔文部大臣〕はこれを制限しもしくは禁止し、教師の業務を停止しまたは宗教団体
の設立の認可を取り消すことを得」(第一六条)ときびしく規定し、また司法省の執務資料によれば
「法律の定むる各種の規定に拠るべきことはもちろんであるがその根本理念はあくまでも民族的信念た
る皇道精神に基礎を求めねばならぬと確信する。右の皇道精神とは国家皇室を中心とする臣民道を指す
のであって、これと相容れない宗教は必ずや皇国において発展することは出来ないであろう」とされ、
事実上信教の自由は著しく拘束されるにいたった。

15 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/11 21:32 ID:???
>亀哲人氏
史料提供ありがとうございます。
出来ればそのソースも教えて頂ければ、と思うのですが。
それから、あなたも議論に参加して頂ければ幸甚です。

16 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/11 21:45 ID:???
>>15 Santi氏
ソースは下記の通りです。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/yogokaisetyu.html

大学講師をしている人のサイトから引用しました。

今、なごみ氏と北朝鮮問題で議論していますので、折を見て可能でしたら参入を試みます。
彼も長文なので議論するのも大変なのですが。

17 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/12 01:34 ID:???
>>10 れ氏
>書いてある表面上の内容への感想だ。
 まあいいや。しかし、これで私の立場が理解して頂けたと思うが。
>事例が挙げられないなら、話にならない。
 亀哲人氏が挙げてくれた分で十分だろ。彼には本当に感謝せねばなるまい。
>「政教分離違反はない」という証明義務が被告にあると
 だからだな、首相の参拝行為が原告の信教の自由を侵害するものではないことを主
張立証する上での理由付けの一つとして、その合憲性を論じる必要はあるだろうと言
う事だ。
>憲法が与えた違法審査権
 憲法が認めた違憲審査権は確かに具体的な事件がなければ行使することはできな
いし、またそれを求める事も出来ない。つまり、ドイツの憲法裁判所のように具体的
な事件がなくても一定の要件を満たせば抽象的に憲法上疑義のある法律の違憲性が判
断できるような制度ではないということだ。だからこそ、今回の訴訟は不法行為に基
づく損害賠償請求訴訟という具体的事件性を伴った形で訴訟提起が為されたんじゃな
いか。で、そのような事件性がある限り、その訴訟において裁判所が憲法判断をする
ことは問題無いのである。
>他の人権と対立しない限りの「自由な国政運営」が参政権の根拠だろう。
 参政権は、公務員の選任を行う権利及び公務員に就任して国政に参加する権利であ
って、「自由な国政運営」までを当然に保障されているものではない。国政運営は当然
の事ながら憲法や法律が許容する範囲内でのみ許されるものであって、それは人権や
その他の統治制度上の制限(政教分離も含む)が許す限りで行えるものである。

18 :◆r0FmiN9ADk :04/04/12 12:34 ID:???
>>17 Santi氏
一段目:良くわからん。少なくとも君が示した教科書の方々は民主主義は信奉して
いらっしゃるようだ。私が国民主権と言う言葉を使っていながら民主主義という
言葉を自らの主張において使わないことと同じようなことのようなので、
貴殿においても、多数決あるいは議会制、民主制などに言い換えたほうが誤解され
ないように思うから、アドバイスしておく。ようは多数決による決定に対しての制
約が人権思想だという意味じゃないのか?
二段目:自ら出せなかったと言うことを貴殿は反省せねばならないだろう。
誰かが出してくれたと言う安堵感だけでは論者としてはダメダメでしょう。
三段目:
全く非論理的である。
>その訴訟において裁判所が憲法判断をする ことは問題無いのである。
じゃぁなぜ、判決における憲法判断ではなく傍論なんだ?ちゃんと説明してみなさい。
最下段:あふぉだね。自分の主張を良く考えてみなさい。
自由な国政運営が出来る権利が制限されるためには、他人の人権との調整以外は認め
ないのが貴殿の主張だろう。
政治と宗教がかかわると言う国政の制限は、宗教の自由の制度的担保と言う調整原理から
のみ是認されるものであって、それ以外でどうやって政教分離という国政に関する制限を
正当化できるというんだ?ダブスタだねぇあなたは。

19 :◆r0FmiN9ADk :04/04/12 14:05 ID:???
>>12 亀哲人氏
「一番典型的な例は、治安維持法による言論の自由の侵害だろう。」の事例として

1、大本教事件(神道系宗教の大本教に対する二度の弾圧事件)
  これは全く事例になっていない。第一回目の弾圧は不敬罪(議論は治安維持法)、第二回目は
  基礎はされたが治安維持芳情は無罪。しかも「言論の自由の侵害の事例」ではない。
  信教の自由の侵害かもしれないが・・・。
・・・頼むから、議論の筋を理解してくれ。何でも書けばいいと言うものではない。・・・

2、ひとのみち(教団)事件(1936年9月28日)
  これも不敬罪であり、Santi氏の言う「治安維持法による言論の自由の侵害」ではない。
  信教の自由の侵害かもしれないが・・・。
・・・頼むから、議論の筋を理解してくれ。何でも書けばいいと言うものではない。・・・

3、創価学会への弾圧
  ???どこをどう見ても「治安維持法による言論の自由の侵害」ではない。
  信教の自由の侵害かもしれないが・・・。
・・・頼むから、議論の筋を理解してくれ。何でも書けばいいと言うものではない。・・・

Santi氏、感謝する前に自分が書いたことの事例になっているかどうか、点検し、「治安維持法によ
る言論の自由の侵害」の部分を提示してくれないか。

20 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/12 18:46 ID:???
>>19 れ氏
>頼むから、議論の筋を理解してくれ。何でも書けばいいと言うものではない。
君は先ず治安維持法の実態と改変を学ぶべきだ。治安維持法と特高警察の活動は一体のものであり、
此の法案も不敬罪も限りなく拡大解釈されて運用され、思想宗教、言論への弾圧を加えている。
そもそもが当時の司法判断で無罪になってるからといって、あたかも弾圧が存在しないかの様な
発言はおかしい。特高による尋問段階で死亡している者も少なくない。(大本教、小林多喜二等)
裁判で司法判断が下る以前に、既に弾圧が加えられているから問題なのだ。結果としての無罪は
手当たり次第にしょっ引いた何よりの証拠足り得ても、弾圧がなかったという理由にはならない。

だから、君は相変わらず駄目なんだよ。

21 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/12 18:48 ID:???
続き。
>君は先ず治安維持法の実態と改変を学ぶべきだ。
というのは、1928年の同法案の改正を指す。

22 :◆r0FmiN9ADk :04/04/12 19:20 ID:???
>>20-21 亀哲人氏
いや、だから学びたいから、具体的な「言論への弾圧」の事例を出してくれと言っているん
だが・・・。事例になっていないものを持ち出しておいて、学びたまえも何もないもんだ。
私は言論の弾圧もあっただろうと思って入る。しかし具体的事例が把握できないから、
「断言できない」。
あなたやSanti氏氏は断言しているのだから、具体的事例をお願いしている次第である。

どうか具体的な「言論弾圧の事例」を教えていただきたく、大変恐縮ではあるがお願いする。
(まさか、そこまで断言しておいて、Santi氏のように、事例も出せず逃げ回ったり、
他人に依存したりしないよね、亀てっチャンは・・・。)



23 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/13 00:04 ID:???
大本教弾圧事件は治安維持法で検挙されているのだから、事例として充分だろう。
>>20でも書いた通り、特高の役割が有っての法案だ。「治安維持法による言論の自由の侵害」
とは当時の司法判断が最終的に無罪としたから弾圧がなかった等と云うのは詭弁だと
云っている。治安維持法を理由に特高が検挙し>>12で示した検挙後の拷問による信者の
死亡、神殿破壊は其れ自体が弾圧である。だから、君はすり替えをしてると云ってる。

24 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/13 00:12 ID:???
宗教団体以外では以下の弾圧の事例がある。

戦時下の最大の言論弾圧事件である「横浜事件」の第3次再審請求で、横浜地裁(矢村宏裁判長)
は15日、再審の開始を認める決定を出した。横浜事件は1942年7月、雑誌「改造」や「中央公論」
などの編集者らが富山県で1泊したのを「共産党再建の秘密会議」とするなど、神奈川県警特高課が
42〜45年に治安維持法違反容疑で60余人を検挙し、約半数が起訴され、取り調べで4人が獄死し、
拷問をした特高警察官3人は戦後、実刑を受けている。
http://osaka.catholic.jp/sinapis/overseas/tokimeta/weekly_t/030420-3.html

25 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/13 00:28 ID:???
>>18 れ氏
「タン」よりも「氏」の方が格が上なのか?知らなかったぞい。
>少なくとも君が示した教科書の方々は民主主義は信奉して
 彼らの内心がどうであるかは良く分からんが、彼らも民主主義を全面的な信服を置
いている訳ではあるまい。で、もちろん私も民主主義を否定している訳でもない。だ
からこそ、私が民主主義に対して全面的に信頼しているような誤解を貴殿に与えるよ
うな表現をしてしまったのであるが。民主主義は言うまでもなく現代国家において否
定できない国家運営システムではあるが、弊害も併せ持っている。従って民主主義に
対する修正原理として人権思想があるし、それを支えるシステムとして司法による違
憲審査制度があるわけである。こういう民主主義を一般的には立憲民主主義と呼ぶわ
けだが。
>自ら出せなかったと言うことを貴殿は反省せねばならないだろう。
 それで、貴殿はあの具体例を使ってどういう議論をしたいというのかな?その議論
をしていく中で、やはり具体的事例を出す必要性があったということが実感できた時
には反省せねばならないかもしれないな。しかし、あくまでも政治思想的な議論を頼
むよ。歴史学的な議論なら歴史板でどうぞ。
>判決における憲法判断ではなく傍論なんだ?
 だから、それは判決結果を出す上で必ずしも判決理由として提示する必要がないと
裁判所が判断したからだよ。でもそれは裁判所がそう判断した結果としてそうなった
のであって、訴訟追行の過程ではそれが判決理由となるか傍論として扱われるかは前
もっては分からないであろう。
>自由な国政運営が出来る権利が制限されるためには
 「自殺の自由」の議論の時と同じような話だが、参政権の内容として「自由な国政
運営」ができることまでは、そもそも保障されていない。それは、権利が制限されて
そうなっているのではなくて、そもそもそのような権利ではないのである。参政権は、
公務員を選任することと、憲法と法律の規定の範囲内での国政に参画することを内容
とする権利なのである。
>>22
>Santi氏のように、事例も出せず逃げ回ったり
 相変わらず貴殿は失礼だよな。

26 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/13 08:48 ID:???
>>25 Santi氏
>それで、貴殿はあの具体例を使ってどういう議論をしたいというのかな?
具体例がないから君の発言は間違えている、そんな事実はないというのが彼の意図だろう。
れ氏がよく使うやり方だよ。実際は治安維持法によって弾圧された事例はあるのに
大本教事件などは判決が無罪だから、事例にならないと云っている事からも推測出来る。

27 :◆r0FmiN9ADk :04/04/13 09:38 ID:???
>>23 亀哲人氏
「一番典型的な例は、治安維持法による言論の自由の侵害だろう。」の事例を求めているんだが・・・。
私は別に治安維持法の不当性について議論を求めていない。
宗教弾圧もあっただろうし、検挙後の拷問による信者の 死亡、神殿破壊は其れ自体が弾圧であること
も間違いないだろう。
>>24の事例も共産主義に対する弾圧であって、言論に対する弾圧ではないよね。

全然摩り替えていないんだけど・・・。
単純にSanti氏が「一番典型的な例は、治安維持法による言論の自由の侵害だろう。」と述べたから
、宗教弾圧だったり(マァそれなりの理由おあっただろうけれども)、メインは共産党に対する
弾圧だったりが実際にあったことは知っているんだが、「典型的な治安維持法による言論弾圧」
について私は知らないから、事例を挙げてくれといっているに過ぎない。

で、Santi氏も、亀哲人も「言論の弾圧の典型事例は知らない」ということであるなら、それでいい
よ。で、何を語りたいんだ?治安維持法があくほうだったと言うこと?程度の差はあれ、問題はあっ
たと言う認識は享有しているのだが、私の過去の書き込みのどこに不満なのかな?(レス番を挙げて
指摘してくれれば議論が開始できる)


28 :◆r0FmiN9ADk :04/04/13 09:51 ID:???
>>Santi氏
>「タン」よりも「氏」の方が格が上なのか?知らなかったぞい。
おいおい、長い間真摯に(相手を罵倒することも含めて)言い争ってきた同士でしか分からないこと
もある。私は「氏」と言う表現をしたりタンたチャンなどを使い分けているがそれぞれにニュアンスが
ある。保守考氏、猫氏という場合、敬意を含ませているし、Santi氏という場合、単なる礼儀だ。
アズマタンという場合親しみを込めているし、猫タンという場合揶揄が入っている。わからないだろうなぁ。

一段目:なるほどね。民主主義の修正原理なんだ人権思想は。人権スレでは、民主主義より
優位の理念なのに、ここでは単なる修正原理に落ちぶれているんだねぇ。(あとは人権スレで・・・)

二段目:上に回答している。

三段目:
>必ずしも判決理由として提示する必要がないと 裁判所が判断したからだよ。
だから、何故そう判断したの?政教分離違反による損害賠償請求がなかったからに他ならないんじゃ
ないの?あなた、このことも分からないなら、法律の勉強を一からやり直さんとダメだよ。

四段目:またダブスタだよ。
>憲法と法律の規定の範囲内での国政に参画することを内容
>とする権利なのである。
参政権は人権なんだろう?人権は他者との人権の対立以外では、制限されてはならないんだろうよ。
憲法と法律の規定の範囲の妥当性は、他者の人権との調整原理だけだとあなたは言っているんだろう?
じゃぁ、「信教の自由の担保的制度である」という「信教の自由との調整」を除外して、憲法で、
「政教分離という国政に参画し自由に決定できる権利の制限」は、どこにもとめるんだ?
貴殿はそういう自己の発言との矛盾を平気で垂れ流すねぇ。

29 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/13 11:48 ID:???
>>27 れ氏
おかしなことを云うなあ。
横浜事件は「言論機関」の編集者に対して「治安維持法をもとに」「共産主義を理由として」
弾圧を加えた事例なのだが。是は治安維持法による言論の弾圧ではないとする理由は
何処にも見あたらない。戦後の司法判断も是を認めている。

戦時下の最大の言論弾圧事件である「横浜事件」の第3次再審請求で、横浜地裁(矢村宏裁判長)は
15日、再審の開始を認める決定を出した。
横浜事件は1942年7月、雑誌「改造」や「中央公論」などの編集者らが富山県で1泊したのを
「共産党再建の秘密会議」とするなど、神奈川県警特高課が42〜45年に治安維持法違反容疑で
60余人を検挙し、約半数が起訴され、取り調べで4人が獄死し、拷問をした特高警察官3人は
戦後、実刑を受けている。
http://osaka.catholic.jp/sinapis/overseas/tokimeta/weekly_t/030420-3.html

30 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/13 12:45 ID:???
1925年に公布された治安維持法は1928年と1941年にそれぞれ改正されている。
1928年の改正時には死刑の導入と対象の拡大をし、1941年では造言飛語まで導入し、
公安機関が疑いを持てば直ちに拘束・禁固できるまでに改悪された経緯を持つ法案だ。
先にも示した通り、横浜事件などは大した理由もなく拘束し拷問、獄死という言論への
強度の抑圧であり、此の法案が如何に自由と民主的な考え方の対極にあるのか良く分かる。
いわば全体主義による警察国家を補完する為の法案だったと云うことだ。

31 :◆r0FmiN9ADk :04/04/13 12:54 ID:???
>>29 亀哲人氏
>「共産党再建の秘密会議」とするなど、神奈川県警特高課が42〜45年に治安維持法違反容疑で
>60余人を検挙し、
共産党再建についての弾圧だと言うことだろう?「言論機関」の所属員に対する弾圧ではあるだ
ろうけど「言論の自由の侵害」ではないようだが・・・。
まさか、「日本共産党再建準備活動」による逮捕の裏に、言論に対する弾圧の意図があった、と
確定されるような事実は確定していないわけで、少なくとも典型的な言論の自由の侵害という
には、治安維持法による逮捕理由が、ある出版物を発行したからなどでなければ「典型的な言論
の自由の侵害」の事例にはならない。
Santi氏の文脈は「典型的な治安維持法による言論の自由の侵害」なのだから・・・。

誤解していただいては困るのだが、治安維持法による弾圧や不当逮捕、拷問などがあったことは
誰しもが知っていることである。ただ、この横浜事件が、言論の自由を侵害する「という目的」
を持っていたのかと言うことである。「言論人への弾圧と、言論の自由の侵害」は別物でしょう。

>戦後の司法判断も是を認めている。
あなたが挙げたソースを見ても、「言論の自由を侵害する目的で」という記述は見当たらない。
戦後の司法判断で認めているのは「ポツダム宣言の受諾と同時に治安維持法が失効したとの判断
を下した。」ことである。また冤罪であると言うことも認めてはいよう。(再審なのだから・・・)

32 :◆r0FmiN9ADk :04/04/13 13:02 ID:???
つづき

で、>>27の最後の四行のとおりだが、何か反応はないのかな?

なにやら、単純に治安維持法を私が擁護しているかのような思い込みで、私を批判されても
私は別に治安維持法を肯定もしていないし、否定もしていない。
肯定するにしても否定するにしても確証たる事実を確認しなければならない。
確かに現代の人権思想からすれば「天下の悪法」と貴殿やSanti氏が捉えたくなることは
理解できる。が、破防法も同様の批判をされていたことも事実だ。

信教の自由と治安維持法の関係性について云えば、信教の自由と破防法の関係と
対比せず議論はできないだろう。事実オウムは破防法適用を受けたほうがよかったとする
論調は強い。だから、その方面で議論するなら受けよう。スレタイにも沿っている。

治安維持法と、戦争遂行、戦時の国内治安の維持の必要性と人権の関係なら、このスレよ
りも人権スレが妥当ではあるが、何セ175ぐらいからSanti氏のいう人権の定義が未だ定ま
っていないから、定まった後の議題とするほうが妥当だろう。

33 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/13 16:43 ID:???
>>28 れ氏
>わからないだろうなぁ。
 一般的な用語法とは異なる貴殿の脳内だけでの使い分けだから分かる訳がない。
>ここでは単なる修正原理に落ちぶれているんだねぇ。
 優位の概念だからこそ修正原理として機能できるんだがね。だから、例えば天皇制
は民主主義に劣位する概念だから、とても民主主義の修正原理とはなりえないのであ
る。
>憲法と法律の規定の範囲の妥当性は、他者の人権との調整原理だけだとあなたは言っているんだろう?
 だから、参政権の内容にはそもそも自由に国政運営できるという権利までは含まれ
ていないのであって、それは権利を制限されてそういう状態になっているのではない
と言っているのだが。だから、政教分離は何ら参政権を制限しているものではない。
もし、例えば政教分離を理由として宗教の信者に対しては選挙権を与えない、或いは
公職選挙の候補者になることが出来ないなどという制限でも課せば、それは参政権に
対する制限になるが。
また、当然の事ながら「自由な国政運営」といってもそれは憲法が認める範囲内で
のみ可能な事であって、その憲法が定めた則を越えてまで許されるものではない。
例えばそれは日本国憲法が直接民主制ではなく間接民主制を採用している、或いは大
統領制ではなく議院内閣制を採用しているのと同様の事だろう。
>何故そう判断したの?
 政教分離違反が原告の主張を退けるための直接的な理由とはならなかったからだろ。

34 :◆r0FmiN9ADk :04/04/13 17:07 ID:???
>>33
前段:イイカゲンその二重規範に気づいてよ。はっきり云えばその程度について気づけないなら、
全然議論にならないから、この件は終了。人権スレでの後の議論とします。

後段:だ〜か〜ら、
>政教分離違反が原告の主張を退けるための直接的な理由とはならなかったからだろ。
なぜならなかったの?ときいているんだが・・・。質問の意味がわからない?
直接の理由にならなかった理由は、「政教分離違反による損害賠償の請求」がなかったから
だろう。もう少しマトモに答えてよ、分かっているなら、分かっていないなら勉強して出直
せば?

傍論でしか、政教分離違反であるとの判断を示さなかった理由は、原告の請求が「信教の自由」
の侵害と、「平和的生存権」の侵害に基づく損害賠償のみで、被告の行為が政教分離違反で
ある等の原告の主張は傍論でる。「政教分離違反による損害賠償請求」は主張してい
なかった。・・・まさか、これは認めるんだろうね。認めないなら話にならん罠。
「政教分離違反による損害賠償が主張されていない」にもかかわらず、被告が「政教分離違反
にあるかどうかを論証する義務」があると言うなら、それだとんでもない暴論であるし、
それにもまして、被告(国及び総理)の全面勝訴判決の傍論において、政教分離に反していると
判断すること自体が、原告の上級裁判での判断を求める余地を遮断した上で、の違憲判断を
示すと言う手法であることも、間違いない事実だろう。
国及び首相が反証する義務のない事項について、憲法違反という判断を示す必要性がそもそも
ないんだから、司法は必要のない場合に違憲判断をしないと言う原則にも反していて(だから
傍論なのだという反論はありうるけれども、それも上級裁判所の判断を仰げない方式であるなら
反論たりえないわけで)どう考えてもマトモな判断ではないと言うことは理解できるだろう。

あなたが、癒そう出会っても傍論において憲法判断することは行いうることであると主張する
なら、それはそれでひとつの見解ではあろうけれども、国が反論する機械が合ったとか、
積極的に違憲判断をすべきであると言う主張は、誠に愚かしいと言うことだけ申し上げておく。
マトモな反論が書かれない場合、これもスルーします。

35 :右や左の名無し様:04/04/13 17:11 ID:???
この掲示板に私や他の教員、学生に対する誹謗中傷を書き込んでいる者に警
告します。
483の書き込みはその前後および過去の掲示板から私のことを指していること
は十分断定できると思われます。また、622では実名での記載であり、明らか
な名誉毀損です。もし、一週間以内に名乗り出て謝らなければ法的な手段に訴
えます。2ちゃんねるは裁判に負けてからIPをとっていますから、おそらく裁
判所で会えると思います。
君のような人が生命科学部に関係していることは恥ずかしいかぎりです。私も
このような書き込みはしたくありませんが、今後、被害を広げないために必要
であると判断しました。 
東京薬科大学
生命科学部
教授 多賀谷光男
tagaya@ls.toyaku.ac.jp

36 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/13 21:52 ID:???
>>31 れ氏
Santi氏の発言は「典型的な治安維持法による言論の自由の侵害」であって、
言論を理由とした治安維持法の適用ではない。対象が言論機関であり、
些末な根拠に基づいて「共産党再建を目論む」と拡大解釈が出来る余地があった事である。
公安組織による言論人の拘束は、其れ自体が言論の自由を抑圧する事であり看過できまい。

37 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/15 02:25 ID:???
>>33 れ氏
>全然議論にならないから、この件は終了。
 議論を終了させたいのなら別に構わないが、貴殿の誤りは指摘しておかなければな
らない。参政権は、「自由の国政運営」までを保障するものではもちろんない。憲法
15条を参照すれば直ぐに分かるが、憲法は「参政権」というものを抽象的に保障して
いるのではなくて、「公務員を選定し罷免する権利」と極めて内容を具体的に特定した
上で限定的に保障している。この事からも、「参政権」が「自由な国政運営」などとい
うものを保障しているものではないことは明らかだ。
 また、国政運営は当然の事ながら憲法の枠の範囲内でのみ行う事が認められている
ものである。従って、国政運営は政教分離を初めとした憲法上の様々な規制には当然
従わなければならないのである。これを否定することは、そもそも国家の根本規範と
して憲法を制定した意義を失わしめることを意味する。貴殿が言っていることは、か
つて専制君主が行ったような恣意的な権限濫用を防止する為に憲法を制定したという
趣旨を無視することである事にそろそろ気付く必要があるであろう。

38 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/15 02:25 ID:???
>>33 続き
>原告の請求が「信教の自由」の侵害と、「平和的生存権」の侵害に基づく損害賠償のみ
 だから何度言えば分かって貰えるのかな。損害賠償を主張するためには権利の侵害
がなければならないのだから、原告が信教の自由の侵害を理由にするのは当然だろ。
しかし、原告の本心としては、賠償金の受け取りなどは極論すればどうでも良く、訴
訟提起の真の目的は首相の参拝行為が違憲であるという裁判所の判断を得たい事であ
ったことは明らかであろう。ただ、抽象的に首相の参拝行為が政教分離違反で違憲と
なるか否かを争うことは制度上出来ないから、形式的に損害賠償請求訴訟の形をとっ
ただけに過ぎないというべきで、だからこそその中で原告は首相の参拝行為の違憲性
を主張していたし、裁判所もその事を受けて何とか憲法判断を下そうとしたのだろう。
ただ、不法行為を成立させるほどに原告の信教の自由に対する侵害があったとは認め
ることは出来ず、だから棄却判決は下さざるを得ないが、他方で首相の参拝行為が違
憲である事も明らかな事であってそのことも宣言する必要性を裁判所が感じたから、
止む無く傍論で述べるに止めたという事であろう。
 従って、国が首相の参拝行為の合憲性を主張する義務があったとまでは言えないと
しても、それがこの訴訟における中心的な論点であったことは明らかである事を鑑み
ると、少なくともその必要性はあったし、また機会も十分にあったということが出来
よう。
 また、憲法がわざわざ裁判所に違憲審査権を与えた趣旨を尊重するならば、特に政
府の行為に制止をかける方向では、裁判所は出来るだけ積極的に憲法判断をする必要
があろう。
 では、この議論はここまでということで、終了。反論があるなら受けるが。

39 :◆r0FmiN9ADk :04/04/15 09:26 ID:???
>>37 santo氏
参政権は
>「公務員を選定し罷免する権利」
ではなく
基本的人権の一。国民が直接・間接に国政に参加する権利。選挙権・被選挙権、公務員になる権利、
公務員を罷免する権利など。

貴殿が、明治憲法をして、法律の留保つきの人権であり不完全な人権」としたが
参政権と言う人権が、法律の範囲内での権利であると言うことは、ダブスタであり、
政教分離規定がその論理に適合するためには、何らかの人権との調整原理が存していると
貴殿は説明しなければならない。

>>38
>裁判所もその事を受けて何とか憲法判断を下そうとしたのだろう。
だから、それは司法の根源にかあか割ることで、民主制との調整において無理だよ。
>それがこの訴訟における中心的な論点であったことは明らかである事を鑑み
>ると、少なくともその必要性はあったし、また機会も十分にあったということが出来
>よう。
原告の意図がどのようなものであれ、被告は訴状に記されている主張にのっとって反論する。
そのような依存は許されないのであって、そもそも国費で行う裁判において、本来は
政教分離違反としたいが、訴状においては人権侵害で訴えると言うこと自体、裁判制度を
愚弄し、その権威を貶める行為である。自分達の正義のために道義を踏みにじってもかまわ
ないと言うなら、そしてそれを擁護し支持するなら、唾棄すべき異様な心根である。
> また、憲法がわざわざ裁判所に違憲審査権を与えた趣旨を尊重するならば、特に政
>府の行為に制止をかける方向では、裁判所は出来るだけ積極的に憲法判断をする必要
>があろう。
必要ない理由は既に述べていて反論がない。


40 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/15 12:12 ID:???
>>39 れ氏
原告団の請求理由が「首相の靖国参拝が憲法の政教分離規定に反しており」仏教の信徒である
浄土真宗の僧侶である原告が「精神的苦痛を感じた」とするのだから、違憲審査はされてしかるべきだろう。
判決主文では確かに下級審による傍論としてしか違憲の判定はしていないが、是まで巧みに避けてきた
違憲審査の議論に一歩踏み込んだ判決であり、現在進行中の裁判に全く影響がないとは言い切れまい。
傍論は「法律的には裁判官のひとりごとに過ぎない」が、是までの違憲裁判でも裁判官のスタンスは
拮抗しており、必ずしも政教分離規定の司法の明確な支配的見解が確立されているわけではない。
>裁判制度を愚弄し、その権威を貶める行為である。
いささかエモーショナルは反応だが、日本の違憲裁判では憲法裁判所など純粋に憲法審査をする
司法機関が無い以上は、様々な違憲審査を請求することは原告の権利であり非難には値しない。
例えば少年事件の審査では「被告少年の更生と教育的見地」に主眼が置かれていた為、被害者の
人権がお座なりにされてきた。被害者が其れを不服として、例えば民事に訴えて損害賠償請求を
求めることで事件の内容を知る目的を達成したいと願うことは正当な要求だろう。

41 :◆r0FmiN9ADk :04/04/15 12:28 ID:???
>>40
なに寝ぼけたことを云っているんだ?
>「精神的苦痛を感じた」とするのだから、違憲審査はされてしかるべきだろう。
精神的苦痛が損害賠償に値しないと判決で、棄却しているだろう。

政教分離違反による精神的苦痛と言うものは存在しないんだが、分かっているのか?

>様々な違憲審査を請求することは原告の権利であり非難には値しない。
非難しているのは、政教分離違反で裁判を起こすなら、政教分離違反による損害賠償を
原告の主張とすればいいことであるが、仮に原告が政教分離違反による損害がないにも
かかわらず、政教分離違反の判決をえたいとして、「信教の自由及び平和的生存権の侵害」
を原因とした訴訟を起こしたという幸氏の主張が事実なら、その行為は
        ・・・裁判制度を愚弄し、その権威を貶める行為である。・・・
と、申し上げている。論旨をきちんと読んでいただくようお願い申し上げる。

42 :亀哲人 ◆Y/iFN9LABc :04/04/15 12:42 ID:???
>>41
>精神的苦痛が損害賠償に値しないと判決で、棄却しているだろう。
其れは司法判断であって、原告の請求理由ではないだろう。
>政教分離違反による精神的苦痛と言うものは存在しないんだが、
是も司法判断であって原告の請求理由ではない。裁判主文を読む限りは
「精神的苦痛を与えるとまでは言い難い」とする司法判断であって、
君の脳内に存在しなくとも原告が受けた苦痛として表明し、裁判に訴えてる事は
事実だろう。君の脳内を拡張したものとして世の中の原理として動いてるのでなければ。
>裁判制度を愚弄し、その権威を貶める行為である。
だから君は請求する主たる目的が別にあると、裁判制度を愚弄し権威を賤しめると
云いたいんだろう?私が示した少年裁判の民事訴訟はどうなる?君の論理の立脚点からすると
此の被害者の切なる願いも裁判制度を愚弄する行為となるのだろう。

43 :◆r0FmiN9ADk :04/04/15 12:56 ID:???
どうも、政教分離違反と、信教の自由の侵害について理解していない人もいる。

政府の行為による信教の自由の侵害は、直接損害賠償に値する。
政府の行為による政教分離違反は、直接損害賠償には値しない。賠償を請求するためには
何某かの出費(例えば玉ぐし料なり地鎮祭費用)が違法な支出であるから国庫への返還を
請求すると言う訴訟である(このような請求を今般は行っていない)。

何故こうなるかと言うと、政教分離は「信教の自由のための担保的制度」であって
人権ではない、からに他ならない。
この区別がつかないから、Santi氏も亀哲人氏も、議論が成立しないのである。

44 :◆r0FmiN9ADk :04/04/15 13:04 ID:???
>被害者が其れを不服として、例えば民事に訴えて損害賠償請求を
>求めることで事件の内容を知る目的を達成したいと願うことは正当な要求だろう。
いかがなものかと思う。
知りたいなら、知ることの出来る制度を求めるのが道理である。
少なくとも「正当」であるということは出来ない。容認されうると言うことである。

今般の原告に関して言えば、公用車を使用しての参拝であるから、その費用の不当性
を求めるなどの手法が存在しているのである。
また具体的被害の深刻さも異なる。同列に扱うことは、出来ないでしょうよ。

45 :右や左の名無し様:04/04/15 15:44 ID:???
「靖国参拝違憲訴訟」確定へ。但し、残念ながら最高裁の判断ではないため法的拘束力は生じない。
http://www.excite.co.jp/News/society/20040415120733/Kyodo_20040415a411010s20040415120744.html

46 :右や左の名無し様:04/04/16 20:49 ID:???
東京高裁、即位の礼・大嘗祭への都知事参列は合憲
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20040416i303.htm

こういう風に憲法判断を正面から問うのなら分かる。

47 :◆r0FmiN9ADk :04/04/17 09:42 ID:???
>>46
おっしゃるとおりです。
政教分離違反を問いたいなら、政教分離違反で訴訟を起こせばよいわけで、別件訴訟に対して裁判官
がそれを斟酌して傍論で判断するなど、司法中立性をないがしろにする政治的関与であると、
どこかの判事が防週刊誌に寄稿していましたが、それに全く同意です。

48 :◆r0FmiN9ADk :04/04/17 16:02 ID:3icVG5rg
【信教の自由に反しない政教分離違反】
今回の政教分離違反判断は、どうも結果的に原告に不利な判決であろうと思慮する。

今回の判断を総合すると
1、小泉の靖国参拝は公務であると認定
2、それは憲法の政教分離に違反する行為である。
3、しかし、信教の自由と平和的生存権を侵害していない。
と言う結論を、このDQN判事は出したと言うことである。濡れ衣が晴らせないとか、司法の中立性を
阻害するとか、様々な点でDQNであることは既に書き込んでいるが、それは別として、上記判断は
どうなんだろうね。

「公務である靖国神社への参拝は、仏教徒・キリスト教徒・戦没者遺族・在日韓国人などの
信教の自由を侵害していない。」と判決し、原告はこれを是として結審したのである。
誰の信教の自由を侵していない総理大臣の行為が、何故批判される必要があるのだろうか。
政教分離違反による国民の被害も「ない」と言う原告の判断もある。
国民に何の被害も発生せず誰の新旧の自由も侵害しない「靖国公式参拝(少なくとも公式であるこ
とを原告及び判決は認めている)」は、別にやってもかまわないだろう。

この判決を見る限り、そのように解釈できてしまうわけだが、ならば政教分離規定とは、いったい
なんなんだ?

49 :◆r0FmiN9ADk :04/04/17 16:25 ID:???
>>48のつづき

一般(と言うより判例及び通説)に、政教分離規定と言うものは信教の自由の担保的制度である
と言っているわけである。もう少し砕けた言い方をすると
べつに〜政治と宗教が関係を持ったからと言って〜、必ず誰かの信教の自由を侵しちゃうわけじゃ
ないけれども〜、いちいち信教の自由を侵害しているかどうかと検討することも煩雑だし〜、
侵害しているのに侵害していないって言い張ることも国には可能なんだから〜、大切な信教の
自由を守るために〜、一律に政治と国は関わってはいけませんと決めましょうよ。
んで、実際は全く国と宗教が関わることを禁止することは出来ないから、目的効果説に基づいて
それに合致する国の行為を「禁止されている宗教とのかかわり」と見ることにしましょう。
と言うことである。

だから、信教の自由を侵さない行為は本来的に国は出来るんだが、「明らかに信教の自由を侵害
する行為の禁止」ではなく「信教の自由を侵害する可能性がある行為」を一律に禁止するのが、
政教分離規定であると位置付けることが出来、目的効果説は、その可能性の判断基準であると
言っていいだろう。

今回の判断に話は戻るが、明らか信教の自由に反しない行為(と判決した)である、【公務とし
ての靖国参拝】に、信教の自由の侵害の可能性があるとこの判断は言っているのであろう。
どうも可笑しな言い分である。信教の自由を守るための政教分離規定なら、信教の自由を侵害し
ないと明確になった行為を禁止する必要はないんじゃなかろうか。
明確に信教の自由侵害がない行為を禁止する正当性はどこにあるんだろう。一回なら侵害しないが
継続すると侵害になると言っているのだろうか、それとも今後のやり方の問題?
やり方が現状を維持するなら別にカマワンだろうとも思うのであるが・・・

50 :不気味な靖国の母の身の毛もよだつ子供虐待:04/04/17 17:31 ID:o1+ONBj6
http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Iraq/samara-03nov30.htm
http://www.jcp.or.jp/activ/activ18-yasukuni/2001-0804_0301.html
http://www.jca.apc.org/JWRC/exhibit/China19.HTM
自分が産んだ可愛い子を、日の丸を打ち振ってアジア侵略人殺しに送り出した
靖国の母とか銃後の母と呼ばれた恥知らずが60数年前の日本にいたのです。
実母に日の丸を振って侵略殺人を鼓舞され送り出される子供の心情を思うと
平成の今でさえ怒りがこみ上げてきます。
その残酷さに較べれば2004年の子供虐待など未だカワイイもんです。
信じられないことに母親は人殺し侵略強盗息子が被害者に反撃されて死ぬと恩給といって金まで受け取っていた。
日本皇軍侵略強盗息子に家族や幼子を殺されたアジアの貧しい人達の怒りが
たった60数年で消えるとはとても思えません。
あなたは家族を目の前で殺されて、60年くらいで忘れる事が出来ますか?
http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/index.htm
「靖国の母っていうのは、息子を戦死させた母親でしょう。
その母親たちが戦争反対運動をしたのかと思ったら、してないんですね。
息子を殺されて、戦争反対を叫ばない母親たちがいたんですねェ。
不気味な言葉ですね、靖国の母って」〔『無名人名語録』 永六輔1987〕
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/kako/200403/04.html#01
長崎事件=愛人に入れ揚げた母親が保険金目当てに実の子と夫を殺した。
靖国の母=三文タレント裕仁に入れ揚げた母親が我が子を侵略皇軍に売り飛ばす。


51 :右や左の名無し様:04/04/18 01:46 ID:LyznMEOi
>>48
公務での特定/宗教施設/参拝を、政教分離に反するとした判決
は支持できる。

首相職における公式参拝は、国家にとってその宗教が他宗教と
違い特別な存在である、との「認知を国民に与える」ことが、容易
に想像でき、国民にそのような片寄った宗教認識を与えるのは、
政教分離の原則に反すると考えるのが自然だ。

問題は以下の点にある。

<3、しかし、信教の自由と平和的生存権を侵害していない>

既に1と2で出した結論、「特定宗教が他宗教と違い、国家にとって
特別な存在である、との認知を国民に与える行為」は、他宗教団体
から見れば、参拝した宗教と比べ、明らかに自分らの宗教の相対
評価を毀損する行為と思われ、一般国民から見たときも他宗教と
の評価評価の差異を生むであろうことは、想像に難くない。

従い、「信教の自由を侵害していない」と判決するのには、無理が
あると考えられる。そこで3.は、「信教の自由の侵害の程度が、
計測困難であり、また過去の慣習を考慮して、責任を問わない・・」
ぐらいで収めとくのが適切だったように思うんだが、ど〜よ?

結局、3.って現職総理に法的責任を負わせない配慮ってことだろ?

52 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/18 02:32 ID:???
>>39 れ氏
>基本的人権の一。・・・
 だからそれは解釈でそのように定義されているというだけだろ。憲法上の明文でそ
のように規定している条文は存在しない。また、貴殿のその参政権の定義自体は正し
いと思うが、その定義の文言を読む限り「自由な国政運営」までが保障されていると
いうことにはなっていないだろ。それに、そもそも国政運営というものは、権利の行
使の場面というよりは公務としての側面が強いといえよう。「公務」であるのだから、
そこでは個人の権利を自由に行使できるわけもなく、国民は原則として代表者を通じ
てのみ国政に関与する事ができ、その代表者も自分を選出してくれた選挙民だけでは
なく、全ての国民の利益を国政に反映すべく政治活動をする責務が課されるのである。
このように国政運営は「公務」であるという性質を有しており、なので一定の規範に
従った行動が求められよう。その一定の規範の最たるものが、憲法が定める様々な国
政の暴走に対して備えた制御装置である。その制御装置の典型的なものの一つが政教
分離であると考える事が出来る。
>民主制との調整において無理だよ。
 だから何度も言うように、政治部門による憲法逸脱行為に対して歯止めをかけて、
「法の番人」としての立場から是正させていくというのが、憲法が違憲審査権を裁判
所に付与した趣旨だろう。そもそも憲法は民主制に優越的な地位を与えていない。
>本来は政教分離違反としたいが、訴状においては人権侵害で訴える
 原告は権利侵害も訴えていただろう。首相の参拝行為は、原告の心情を害し宗教的
人格権などの権利を侵すものであり、信教の自由を侵害しているという原告の主張を
裏付ける根拠として、その政教分離に違反し違憲性があると論じたということであろ
う。一つの訴訟を複数の目的を持って提起するということは珍しい事ではないところ、
一方の目的では訴訟が何らかの理由により行えない場合に、訴訟提起が可能な他方の
目的で訴訟を提起し、その中でその別の目的を実現しようとすることは、それ程不当
な事ではなかろう。原告がどんな本心を持っているかは、他者からは計り知れない事
であり、訴訟係属も所詮は駆け引きに過ぎないのであって、貴殿の行っているような
訴訟に対する変な権威付けは有害無益だろう。

53 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/18 02:33 ID:???
>>39 続き
>必要ない理由は既に述べていて反論がない。
 だから、必要があると言っているんだよ。憲法違反状態が存在し、しかもそれが民
主性の過程で是正される見込みもないどころか益々エスカレートしそうな状況にある
中で、それに対して司法が何ら憲法判断をせず、現状追認ばかりをするのであるなら
ば違憲審査権を司法が持っている意義が失われると何度も申し上げているのであるの
だが。それとも、貴殿は国政において違憲状態が長期間にわたり継続し、それが是正
されないという状態が続いても一向に構わないという御主張か?

54 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/18 02:34 ID:???
>>48 続き
>政教分離違反による国民の被害も「ない」と言う原告の判断もある。
 だから、政教分離が信教の自由の制度的保障であるという説が誤りであるという事
だろう。つまり、政教分離に違反したからといって、それが直ちに信教の自由を侵害
することを意味するわけではなく、政教分離には違反するが信教の自由は侵害しない
という領域があるということだろ。政教分離はまさに、宗教が国政を支配する事及び
宗教が国政と結びつく事によって宗教が堕落・俗化するのを防ぐための客観的な制度
と見るべきだろう。従って、政教分離には確かに信教の自由を制度的に保障するとい
う面を包含してはいるが、それだけではなく、それを大きく超えて信教の自由からは
独立した独自の容量を持っていて、もし万が一政教分離違反行為が政府によって行わ
れても、直に信教の自由を侵害することはないように余剰領域を持っていると考える
べきだろう。
分かりやすく言うなら、制度的保障としての政教分離は、極めて壊れやすい「信教
の自由」という名の食器を、その食器とほぼ同じ大きさの「政教分離」という名の容
器に入れて保管しているようなものだ。だから、外部から力を受けてほんの少しでも
その容器が壊されると、即にその中身の食器も壊されてしまうような状態と考える事
が出来るのである。それに対して、客観的な制度としての政教分離は、「信教の自由」
という名の食器を、沢山のクッションと共にその食器の大きさよりもずっと大きな
「政教分離」という名の容器に入れるようなものだ。だから、もしその容器に外部か
ら圧力が加えられて少しぐらい凹まされたとしても、中の食器は壊れずに保たれる事
になる。でも、食器より少し大きいぐらいだと、ちょっと強い圧力を加えられてその
容器の変形が大きくなると中の食器が壊されてしまうかもしれないから、出来るだけ
その容器は大きくしておく必要があるし、また少しぐらいの圧力なら中身の食器を壊
さないからといって、容器に対する変形を許しているとやがてその変形が中の食器に
まで到達して、食器を壊してしまうかもしれないから、中の食器に到達しないような
比較的弱い程度の容器の変形も許すわけには行かないという事になる。

55 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/18 02:36 ID:???
このように考えてくると、やはり政教分離は信教の自由の保障からは独立した客観
的な制度として捉える必要があり、また可能な限りより徹底する必要があるという事
になろう。特に、かつて信教の自由に対する強度の侵害が為された日本においては、
その必要は大きいと言えよう。だから、信教の自由を侵害するか否かに関わらず、政
府による政教分離違反行為は厳に禁ずる必要があると結論付けるべきであり、そのた
めに裁判所は尽力すべきということになる。

56 :◆r0FmiN9ADk :04/04/18 09:06 ID:???
>>51
「特定宗教が他宗教と違い、国家にとって特別な存在である、との認知を国民に与える行為」
は別に「信教の自由を侵す行為」ではない。これは政教分離違反であり、信教の自由の
侵害行為とはならない。

ここの部分の混同が、議論を錯綜させるわけだ。

信教の自由の侵害とは
1、特定宗教を信仰することを強制し、あるいは信仰しないことを強制する。
2、特定宗教信者であること、あるいは信者でないことの表明を強制する。
等の行為を言う。「自由」の「侵害」なんだから、何かしらの強制をともなうと言うことだ。
何かしらを不当に強制させれば、側損害賠償の対象になる。

だから、
>、「信教の自由を侵害していない」と判決するのには、無理が あると考えられる。
と言われても、私には全く考えられない。

57 :◆r0FmiN9ADk :04/04/18 09:42 ID:???
>>52 Santi氏
またお得意の公務ですか・・・。
公務である以上公務員の人権の制限は妥当である理由を、貴殿の人権の制限原理である
人権の対立と言う視点で説明できていないんだから、説得力はまるでない。

>そもそも憲法は民主制に優越的な地位を与えていない。
君の言っていることは多数決による決定(民意)が必ずしも優位とはならないと言っているんじゃ
ないの?

後段は、もう既に上のほうで説明していて、お話にならない。(>>43
政教分理違反による損害請求がないのに、政教分離違反について憲法判断することが如何に可笑
しなことか理解できないなら、某週刊誌にマトモな判事の見解が載っているから買って読みなさい。

>>53
>現状追認ばかりをするのであるならば違憲審査権を司法が持っている意義が失われる
これが政治思想であると言うことを理解できないの?ある常態が政治の場において存在し、
それが変るほうがよいか継続するほうがよいかは政治的な問題だよね。政治的思想に基づく司法
判断を容認する貴殿は、司法を何だと思っているのかな?
司法というものは具体的係争の処理だよ。具体的係争に掛かる憲法判断を認められているのであって
抽象的違憲審査が、具体的係争処理の司法にゆだねられることに疑義があるから、世界では、
司法とは別の(憲法調査会で言われているところの第四の機関)で抽象的違憲審査を行っている
国もある。その辺についてあなたは同感あげているのか全く分からないけれども、具体的係争の解決
であるから、民意の反映していない裁判官が論理によって裁けると言う思想があるんだよ。
これが民主主義と、民意を反映しない裁判官の権限との調整として理解されているんだが、わかる?



58 :◆r0FmiN9ADk :04/04/18 09:59 ID:???
>>54-55 Santi氏
> だから、政教分離が信教の自由の制度的保障であるという説が誤りであるという事
>だろう。つまり、政教分離に違反したからといって、それが直ちに信教の自由を侵害
>することを意味するわけではなく、政教分離には違反するが信教の自由は侵害しない
>という領域があるということだろ。
はぁぁぁぁぁぁぁ・・・。
政教分離には反するが、信教の自由に反しない、信教の自由を守るために、信教の自由
に反しない部分も含めて多少大きめに憲法違反としましょうと言うことがまさに、
「政教分離が信教の自由の制度的保障である」という意味なんだが・・・。

こんなことさえ分からないで、よく書いていられるねぇ。



呆れてモノも言えない。

59 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/21 02:22 ID:???
>>57-58 れ氏
>公務である以上公務員の人権の制限は妥当である理由を
 いや、ここで言う「公務」は公務員とは直接的な関係はないし、また論点としても
公務員の人権制限の問題とはリンクしない問題なので、その事を持ち出されても困る
のだが。
>政教分理違反による損害請求がないのに、政教分離違反について憲法判断することが如何に可笑しなことか
 そんなことを言ったら、現行法において裁判所が政教分離違反かどうかを判断でき
る状況が極めて少なくなってしまうが。「法の支配」を実効化せしめるためには、抽象
的な違憲審査が行える憲法裁判所を設置しない限りは、このような形での憲法判断を
認めざるを得ないだろ。
>政治的思想に基づく司法判断を容認する貴殿は
 政治的思想?良く分からんが、確かに純粋に政治的な意思決定が必要な事柄に対し
ては民主的基盤のない司法が介入することは問題があるということは私も同意するも
のであるが、それはあくまでも憲法が政治部門に付与した裁量権の範囲内においての
事であって、それを逸脱するようなことは民主的手続きによってさえも許されないと
言うのが「法の支配」というものだろう。そして、その「法の支配」を画餅に帰さな
いためには、裁判所が政治部門の行為が憲法に違反していないかどうかチェックする
必要があろう。そしてそれはむしろ民主的基盤のない法の専門機関であるからこそ、
こういった働きが期待できると考えられる。だから、違憲審査権を貴殿が言っている
ような司法裁判所以外の機関に付与されている場合でも、民主的な機関に違憲審査権
を与えていると言う例は殆どないのである。
>多少大きめに憲法違反としましょうと言うことがまさに
 しかし貴殿は>>49で「信教の自由を侵害しないと明確になった行為を禁止する必要
はないんじゃなかろうか。」と言っているじゃないか。言っていることが矛盾してい
るよ。
 それとも貴殿は制度的保障としての政教分離さえ必要なく、信教の自由だけ保障し
ておけば十分という御主張か?

60 :右や左の名無し様:04/04/21 06:20 ID:???
双方自分の主張を箇条書きに5つくらい書きなよ
相手の意見はどうでもいいから

61 :◆r0FmiN9ADk :04/04/21 10:03 ID:???
>>59 Santi氏
政教分離が制度保証である意味さえ取り違えている方が、(>>58)、其の認識も改めず
何を言おうと、説得力はまるでない。まずそれをはっきりしてくれ。
把握が間違っていることは明々白々だろう。

政教分離違反が直接的に損害賠償の対象にならないことなど常識の部類だし、だからこそ
判決できる場面が少なくなることは、制度保証であることから導かれる当然の帰結である。
あなたが、もっと政教分離違反を裁判所に認定させようとしているのは、法的な帰結ではなく
政治意図である。その意味がわからなければ、もはや法律の議論に値しない。
私は法律議論を望んでいるのではなく、法律の把握は議論(制度的保証の必要性およびその
限界の議論)の前提なのだが、前提さえわからぬ人には、お勉強をお願いするしかない。

(最近少し、天皇スレでの猫氏の私に対しての苛立ちが理解できて、多少反省しているんだ
が、その意味で貴殿に感謝するけどね。)

62 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/23 16:01 ID:???
>>61 れ氏
>もっと政教分離違反を裁判所に認定させようとしているのは、法的な帰結
>ではなく政治意図である。
 憲法が重視している「法の支配」というものを実のあるものにしようと思えば、裁
判所の役割に期待する面が大きくなるのは当然だろ。これを仮に政治的意図だと強弁
するならそうかも知れないし、それでも構わないが、それは憲法が採用している「政
治的意図」なのである。そもそも憲法や法律というものは、一定の政治的意図の下に
制定されるのは当然の事であって、それを不当なものとすることは出来ない。そして
国家の統治機構が憲法を根拠として編成されている事実を重く受け止めれば、国家が
憲法の趣旨を徹底して追及するべきなのは当然だということができよう。

63 :◆r0FmiN9ADk :04/04/23 18:59 ID:62Tue/KD
>>62 santi氏
だから、そんなことを言うのは、なぜ政教分離が信教の自由の「制度保証」であるという
位置付けをされているか理解していないからに他ならない。(爆笑)
国家が宗教にかかわれないと言うことは、逆にいうと宗教側も国家にかかわれないと言う
意味なんだよ。宗教を信仰している人たちも国家に関われない場合が出てくる。
これは国民の自由の制限でもあるわけだ。
ある国民が自分の信仰する宗教を国教となし、あるいは国家と関わろうとする自由を
制限している。それを妥当だとするためには、本来は信仰の自由が侵害されると言う
人権との対立調整が必要なんだろうよ、貴殿の通常の主張からすれば・・・。
しかし今回の判決でも分かる通り、政教分離違反は直ちに信教の自由を侵すものではない
と言うことだから、本来的な人権思想からすれば、制限してはならないわけだ。
国民は他者の信教の自由を侵さない範囲で宗教的に国家と関わることも、本来の貴殿がい
つも言っている人権思想から言えば、自由なわけだろう。
しかし、信教の自由に関しては特別に、過去の反省などから信教の自由を侵害しない場合でも
政教分離に反すれば憲法違反であると定め、それは本来的な人権思想からは外れるけれども
制度的保証という理屈をつけて、了解していると言うことなんだよ。

だから、国が人権を守るために存在し、国民を国が制限する事は人権の対立調整原理以外は
許されないと考えるあなたのような方にとって、>>62のような発言は、大きな矛盾なんだよ。

その程度のことさえ分からず、アアダコウダ言っていても、議論にも何にもならない。
政治思想でないという強弁をするなら、人権調整原理から信教の自由の制度的保証という
概念を除外して、ある宗教人が国家と関わる自由を制限する合理的理由をまず説明しな。

64 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/24 00:42 ID:???
>>63 れ氏
>宗教を信仰している人たちも国家に関われない場合が出てくる。
 まず、一般人とは異なるどんな制限が課されているというのか、その具体例を挙げな。
議論はそれからだ。
>国民が自分の信仰する宗教を国教となし、あるいは国家と関わろうとする自由を制限している。
 だからそれは何度も言うように国政運営に関わる事だろ。国政運営は個人の自由な
権利の行使の場ではなく、公務としての性質を帯びているから、憲法が定める枠内で
のみ行いうるのであって、全く自由に行えるものではない。憲法そのものを改訂する
という憲法制定権の行使という次元での話なら別だが、厳格な政教分離を採用してい
る現行憲法の下で国政運営を行う限り、その憲法の認める範囲内でのみ国政運営は行
いうるのであり、又同時にその軒を越えるような国教を定める自由などというものが
国民に保障されているものでもない。従って、それは権利の制限という議論以前の問
題だ。よって、政教分離を徹底したからといって−尤も政教分離を理由として、宗教
系の学校や病院等に対して国家は一切支出しないとか、宗教の信者の子弟は公の負担
による教育を受けさせないなどといった、平等権など他の人権を侵害するような場合
は格別だが−何ら人権を制限するものではなく、また政教分離は国家の一つの制度に
過ぎないから、それを支える理念は必ずしも人権の調整原理である必要はなく、国民
の信教の自由の絶対的保障をより確実にするための制度であると考えてよいだろう。

65 :◆r0FmiN9ADk :04/04/24 09:24 ID:???
>>64 Santi氏
>信教の自由の絶対的保障をより確実にするための制度であると考えてよいだろう。

>>55
>このように考えてくると、やはり政教分離は信教の自由の保障からは独立した客観
>的な制度として捉える必要があり、また可能な限りより徹底する必要があるという事
>になろう。

意味不明に付き合いきれない。


66 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/24 13:31 ID:???
>>65 れ氏
だから、政教分離は客観的な制度で一応信教の自由の保障からは独立したもので
あるが、その目的の一つ、で最も主要な目的として信教の自由の保障を確実にす
るということがあるということだ。
例えば、裁判所は国家の客観的な制度で、その目的の一つである紛争解決という
ものがあるが、その目的から独立して存在している制度であるということと同様だ。

67 :◆r0FmiN9ADk :04/04/24 13:50 ID:???
>最も主要な目的として信教の自由の保障
他の目的もあると言う意味だと思うが、「もっとも主要」とは言えない目的は、何?

>裁判所は国家の客観的な制度で、その目的の一つである紛争解決という
>ものがあるが、
裁判所で、紛争解決以外にも目的があるって?一体何?

68 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/25 02:44 ID:???
>>67 れ氏
>「もっとも主要」とは言えない目的は、何?
 宗教が国政を牛耳る事により国政が歪められることや宗教と国家が強く関わる事によって宗教自体が堕落するのを防ぐという目的も副次的には存在する。
>裁判所で、紛争解決以外にも目的があるって?
 よく言われるのは、「真実発見」や「私権保障」とか、やや重要度は落ちるが「私法秩序の保全」という目的もある。

69 :◆r0FmiN9ADk :04/04/25 11:21 ID:???
>>68
>国政が歪められる
国と宗教が関わると必ず国政が歪むと言う確証はないし、歪むと言う主観的な感想に基づいて
の制度目的などありえない。
>宗教自体が堕落するのを防ぐという
宗教が国政と関わると堕落すると言う確証はないし、それを堕落だと決め付けることがそも
そも信仰の自由と対立するだろう。堕落もまた主観的感想に過ぎない。

>「真実発見」
あほらしい。主張されないものは判決理由としてはならないんだから、これを目的としている
わけがない。
>「私法秩序の保全」
係争の解決と言う目的からくる必要性でしかない。

与太話は止めてくれ。

政教分離の目的は信教の自由の制度的保障のみが目的だし、裁判所は係争解決のみが目的。
こんなイロハさえご理解されていないとは・・・イヤハヤ・・・。



70 :◆r0FmiN9ADk :04/04/25 18:13 ID:???
で、Santi氏との議論はそれとして、少し先に進むことにする。

政教分離規定が、信教の自由を確保するための制度的保証であり、くには、例え信教の自由を
侵さなくても宗教に関われないし、宗教は国に関与できないと言うのが現代の制度である。
では、もう少し制度保証であることを考えてみよう。

 政教分離(すなわち「宗教的活動」の禁止)なるものが、なぜ憲法のなかに規定されている
のであろうか。憲法は、例えば、思想・良心の自由、表現の自由、学問の自由を規定しているが、
国が、特定の内容の思想・良心にコミットすること(例えば、骨髄移植のドナーとなることを呼
びかけ、骨髄バンクの設立運営に要する費用を支出すること、大学その他の研究機関における
特定の研究に助成金を支出すること、など)は、政府が特定の思想良心の内容や学問とコミット
してることを示すが、だからといって、政府と思想・良心との分離、政府と学問との分離が憲法
の規定されているわけではない。なぜ宗教についてだけは、信教の自由のほかに政教分離が重ね
て規定されているのであろうか。(ttp://uno.law.seikei.ac.jp/~annen/con08-02.htmlより)

靖国訴訟の判例通説となって判決からその理由を探ると、

国家神道に対し事実上国教的な地位が与えられ、ときとして、それに対する信仰が要請され、
あるいは一部の宗教団体に対し厳しい迫害が加えられた等のこともあって、同憲法の下における
信教の自由の保障は不完全なものであることを免れなかった。憲法は、明治維新以降国家と神道
が密接に結び付き右のような種々の弊害を生じたことにかんがみ、新たに信教の自由を無条件に
保障することとし、更にその保障を一層確実なものとするため、政教分離規定を設けるに至った
のである。元来、我が国においては、各種の宗教が多元的、重層的に発達、併存してきているの
であって、このような宗教事情の下で信教の自由を確実に実現するためには、単に信教の自由を
無条件に保障するのみでは足りず、国家といかなる宗教との結び付きをも排除するため、政教分
離規定を設ける必要性が大であった。

と述べている。この必要性について検討することは、スレタイに沿うことになろう。

71 :◆r0FmiN9ADk :04/04/25 18:24 ID:???
どうもはっきりしない理由付けである。なんとなく分かるが明確な政教分離規定の必要性が
伝わらない判決文である。

前段の「国家神道の評価・迫害の事実・信教の自由保証の不十分さ・弊害」は、信教の自由を
信教の自由を無条件に保障することの理由付けである。

で、後半の
「我が国においては・・・」からの文言が、政教分離規定の必要性の理由付けである。
1、我が国は各種の宗教が、多元的(様々な信仰があり画一的でない)であり、重層的に
  (確かの葬式は仏教で結婚式は神道などというように重なっている)発達・併存している。
2、このような宗教事情の下で信教の自由を確実に実現するためには、単に信教の自由を
  無条件に保障するのみでは足りず、
3、(結論)国家といかなる宗教との結び付きをも排除するため、政教分 離規定を設ける必要性
  が大であった。
とかいてある。誰かこの書き方で、必要性が大であったと言う理由がわかる人はいるか?
要約すると「宗教が多元的重層的に発達しているから、政教分離規定が必要である。」
実は意味がわからない理由なのである。

誰か、解説いただければうれしい限りである。

72 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/27 03:44 ID:???
>>69 れ氏
しかし、「政教分離の目的は信教の自由の制度的保障のみが目的だし、裁判所は係争解
決のみが目的。」と言い切るところが貴殿はやはりすごいね。その自信は一体どこから
来るんだろう?
>確証はないし
 その論理は、例えば自衛隊を廃止しても外国軍が侵攻してくるという確証はないの
だから自衛隊を廃止すべきだというのと同じ様な論理だよ。
 確証まではなくても可能性は十分ありえるし、それよりもこういった制度というも
のは過去の経験に基づいて創設されるものであって、実際にそういった事態が過去に
存在したと考えられているのだから、制度を支えるのに必要である十分合理的な理由
はあると思われる。それに過去に生じたのと同じ状況が、今後も生じる可能性は高い
であろうから、そういう状況を二度と招来しないように慎重にも慎重を期して方策を
立てる必要があろう。
>主張されないものは判決理由としてはならないんだから
 まあね。基本的にはその通りだが、しかし刑事事件では「真実発見」という要請が
極めて強く要請されるし、民事事件でも「真実発見」が重要視される場合がある。そ
の事を示す条文としては、刑事事件では刑事訴訟法298条2項や312条2項等、民事
事件では人事訴訟法20条のように裁判所に訴訟追行を方向付ける強い権限が与える規
定が置かれている。
>係争の解決と言う目的からくる必要性
 いや、むしろ紛争解決という目的と衝突する場合もあるよ。訴訟に関わる両当事者
がある結論を納得していても、つまり紛争はその意味で解決しているとしても、それ
が強行法規に違反するような内容であれば、当然の事ながら裁判所はそれとは異なる
判断を示して私法秩序に合致した判決を下す事になる。

73 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/27 03:45 ID:???
>>70-71 続き
私はその判決文を書いた裁判官では勿論ないから、その裁判官がそういう判決文を
どういう意図で書いたのか真意は良く分からないし、またそれで政教分離の必要性に
ついて十分に説明することに成功しているかどうかについても疑問がないわけではな
いが、恐らく言いたいことは次のようなことだろう。
意図的にか無意識的にか貴殿は割愛しているが、貴殿が引用した文の前には、キリ
スト教国やイスラム国について言及している部分があった筈だ。そこでは多くは語ら
れていないが、日本の状況と比較しているところから、キリスト教国やイスラム国で
は日本のように多種多様な宗教が存在してはいないと、その判決文を書いた裁判官は
考えていたのだろう。それでそういったキリスト教国やイスラム国においては、概ね
全ての国民が信仰している宗教は一致しているから、政教分離を緩やかなものとして
も、国家と関わりを持つ宗教はその国で最も影響力のある宗教つまり概ね全ての国民
が信仰している宗教であろうから、国家が宗教と関わりを持ってもそれによって国民
の信教の自由を侵害する可能性は低い。それに対して、日本においては「各種の宗教
が多元的、重層的に発達、併存して」いて、キリスト教国等と比較すると国民が信仰
している宗教は多種多様であるから、国家と関わりを持つ宗教がどの宗教であって
も、その宗教以外の宗教を信仰する国民が多くいるから、それらの国民の信教の自由
を侵害する可能性は高い。従って、日本においては欧米におけるそれよりもずっと徹
底した政教分離を規定する必要性があったのである。
 大体このようなところではないか?私は説得力はいま一つだと感じるが、全く同意
できない訳でもない。

74 :◆r0FmiN9ADk :04/04/27 09:47 ID:???
>>72
>その自信は一体どこから 来るんだろう?
ないものをあると言い張りながら、その例さえ示せないあなたに教えてあげよう。
常識だからだよ。

二段目:はぁ?馬鹿なことを言っているよ。

三段目:目的の話と何の関係があるんだ?

最下段:ある結論を納得すれば、訴訟は取り下げられる。刑事なら、当事者は誰だね。
途中で殺人罪から業務上過失致死に変更することも、求刑において死刑を無期に変更
することも、できない?
係争解決が裁判所の目的だから、係争がなければ訴訟は存在しない。

>>73
文脈からみると、日本国の特殊性については同意。
ただ、普通に考えてみな。
国民主権の国だよ。みんなが投票して国の制度が決まる国だ。
多くの宗教が多重的に存在するなら、国教は成立しにくいだろうし、英国やイスラム
教国では国教が成立しやすいわけだろう。宗教が国政をゆがめると信じている人にと
っての理屈から言えば
成立しやすい国において、その宗教を信仰していない少数派の人権を守るためには
国教を禁止するだけでなく、どうしても多数の信仰心に引きずられるんだから、
厳しい政教分離が必要と言う論理になるのが普通じゃないの?
逆に多くの宗教が多重的に存在するなら、ひとつの宗教に集約するようなことはない
んだから、厳しく法律で縛る必要性なんかないというのが、普通に考えた場合の論理
的帰結だろう。あなたの言っていることは専制君主のいる国などにおいて成立する理屈
でしょう。
にもかかわらず、何故政教分離が必要であるとしたのか、そこを探りたいんだから、
あなたの言うことはその入り口の手前の議論。もう少し深く考えてからレスしてくれ
ないかなぁ。

75 :◆r0FmiN9ADk :04/04/27 09:48 ID:gffoadWj
重複内容のスレがたったようなので、一応挙げておきます。
別に、視点が違えば二つあったってかまわないと私は思っています・・・。

76 :無党派:04/04/27 22:37 ID:OTQ7ITrB
公明党・創価学会は日本を池田犬作教で支配しようとしている

77 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/28 02:41 ID:???
>>74 れ氏
>常識だからだよ。
 だから自分が常識だと信じている事が本当に正しいかどうか疑ってみることはしな
いのかね、と聞いているんよ。
>目的の話と何の関係があるんだ?
 訴訟の目的には「紛争解決」というものだけではなく、「真実発見」というものもあ
るという話をしているのだが。
>訴訟は取り下げられる。
 もちろんそうだよ。ただその両当事者が納得した結論が強行法規に反している場合
は、それに対して法的な助力は得られない。法的な助力を得るためには訴訟を経て判
決を得なければならないが、そこでは強行法規に適った内容の結論で判決は為され
る。例え両者がその結論に納得していなくてもね。こういう形で私法秩序の保全が図
られる。
>多くの宗教が多重的に存在するなら、国教は成立しにくいだろうし、
 そうは言っても現実に日本ではかつて国家神道が事実上の国教的な地位が与えられ
ていたではないか。そのような事態を再び招来する危険性は十分にありえるだろう。
いくら国民主権だとは言っても実際は相対多数で意思決定はなされる訳だし、多種多
様な宗教が存在するとは言っても、その中で比較的信者数が多くて、国家との結びつ
きも強くて、影響力も持っている宗教は存在しうるから、相対多数による意思決定に
よってその宗教が国教的な地位を与えられる危険性はあると考えられよう。従って、
宗教が多重的に存在するからといって国教が成立しにくいとは言い切れないと考えら
れる。

78 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/28 02:44 ID:???
>>74 続き
>厳しい政教分離が必要と言う論理になるのが普通じゃないの?
 その通りだが、恐らくその裁判官はどちらが国教が成立しやすいかという視点では
なくて、実際に国教が成立してしまった場合、或いは国教までは成立しないまでも、
その国で比較的強い影響力を持っている宗教が国家と強い関わりあいを持った場合に
おいて、どちらがより多くの国民の信教の自由を侵害するかという点に着目したので
はあるまいか。この判例が、多数者が人権侵害されれば問題だが、少数者であれば構
わないと言う発想にもし立っていたとしたら問題だが、多様な宗教が存在している国
で宗教が国政に関わると国政を歪める可能性が高くなると考えていたのだとすれば、
それ程不合理ではないであろう。例えば現在の日本において比較的強い影響力を持っ
ている宗教は神道と創価学会であるが、この全く教義を異にする両者が宗教的な面で
強く国政に関わる事になると、国政に混乱を招く可能性が高くなるということは言え
なくはないと思われる。更に他の宗教も国政に関わるとなると、更に混乱を招く可能
性も高まると考えられうる。しかし、有力な宗教が単一である国においては、その宗
教が国政に関わってもそれ程国政を混乱させる可能性は高くないであろう。
 また信教の自由の保障という観点から考えると、宗教と国家との関わりを認める
と、ある宗教の教義と深く関わった国政運営が為される可能性が出てくるが、宗教が
多元的に存在している国ではその国政の内容と矛盾する教義を持っている宗教が存在
する可能性が高く、従ってその国政運営によってその宗教を信じている信徒の信教の
自由を侵害する可能性も高くなる。しかし、宗教が単一な国ではその可能性は低い
し、また別の宗教を信じている者がいたとしても、宗教が多元的に存在している国よ
りは、それらのものに対する配慮もし易いであろう。だから、その視点からも宗教が
多元的に存在している国において、国家と宗教の関わりは厳格に分離すべきだという
結論は合理的だと考えられうる。

79 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/28 02:44 ID:???
それにこの判決における主張の力点は、キリスト教国等においては緩やかな政教分
離で構わないということではなく、キリスト教国等においても少数者の人権保障のた
めには政教分離は厳格であるべきであるが、特により多くの国民の信教の自由を侵害
する恐れのある、多様な宗教が存在している国においては、より徹底した政教分離が
為される必要があるということに置かれているのだろう。

80 :◆r0FmiN9ADk :04/04/28 12:08 ID:???
>>77
> だから自分が常識だと信じている事が本当に正しいかどうか疑ってみることはしな
>いのかね、と聞いているんよ。
貴殿が常識と違う見解をするから私の常識を疑って質問させていただき、その結果
その疑いが晴れたから自信を持っているんだが、そのような意味で、疑うべきは
あなたの常識だろう事は、今までの議論で明白なんだが・・・。
>「真実発見」というものもあるという話をしているのだが。
そういう話になっていないから質問しているんだけど、どんな関係があるんだ?
あなたは副次的にえられることと、制度の目的の区別もつかないらしいね。
>そこでは強行法規に適った内容の結論で判決は為される。
ナニイッテンノ?合意すれば訴訟は取り下げられるわけだから、判決などしないだろう。
最下段:
>現実に日本ではかつて国家神道が事実上の国教的な地位が与えられ
>ていたではないか。
だからいつのどういう事実をしてそういってるんだ?散々パートワンから話しているこ
とだろう。そういう事実があったのかどうか、そしてそれは政教分離規定なくして
防止でk内事なのか、それを検討しようといっているのに、振り出しに戻してどうする。
具体的な国教的地位にあったということの論証をしなよ、それなら。
概ね結論的には、16年戦争当時において宗教の弾圧的なことがあったことは事実だが
国教的地位による信教の自由の侵害事実など、誰も提示できていないだろう。
事例も出せない=自分で確認もしていないけど教科書に書いてあった程度で、よく
断定的にそんなことが書けるね。
15ん戦争答辞は国家存亡をかけた戦争なんだから、そういう意味で行われた行為と
平時の行為では当然違うわけで、15年戦争以外の時点での国家による信教の自由侵害
の事実などあるのか?私の常識はないといっているんだが、あなたの常識ではあるのだ
ろう。私の常識を疑って質問するから、一体いつのどのような事件をしてそういってい
るのか明確に書いてください。

81 :◆r0FmiN9ADk :04/04/28 12:25 ID:???
>>78-79

>その通りだが、・・・それ程不合理ではないであろう。
どっちなんだよ。
>この全く教義を異にする両者が宗教的な面で強く国政に関わる事になると、国政に混乱を招く
>可能性が高くなるということは言えなくはないと思われる。
はぁ?馬鹿馬鹿しい限り。
>宗教が単一な国
宗教が単一な国?その発想が信教の自由と対立する。
>多元的に存在している国において、国家と宗教の関わりは厳格に分離すべきだという
>結論は合理的だと考えられうる。
どうやって思考すれば合理的なんだ?さっぱり分からない。
>それにこの判決における主張の力点は、キリスト教国等においては緩やかな政教分
>離で構わないということではなく、キリスト教国等においても少数者の人権保障のた
>めには政教分離は厳格であるべきであるが、特により多くの国民の信教の自由を侵害
>する恐れのある、多様な宗教が存在している国においては、より徹底した政教分離が
>為される必要があるということに置かれているのだろう。
病院に行くか妄想をやめるか日本語の勉強をするか、どれかが必要なぐらいの電波だな。
他国がどうあるべきか判決する最高裁の登場には大爆笑させてもらった。

82 :◆r0FmiN9ADk :04/04/28 14:20 ID:???
>Santi氏
貴殿の最高裁判決把握が間違っていることは、当該判決の裁判官の意見を読むとよく分かる。
あなたの言うことは、高橋とか言う裁判官の意見に非常に近いようである。
で、その意見というものは、最高裁判決と異なるから、意見として付記されている。

83 :右や左の名無し様:04/04/28 14:36 ID:???
キリスト教って言っても一杯あるしねぇ・・・。

84 :右や左の名無し様:04/04/28 18:15 ID:???
>>78
>宗教が
>多元的に存在している国ではその国政の内容と矛盾する教義を持っている宗教が存在
>する可能性が高く、従ってその国政運営によってその宗教を信じている信徒の信教の
>自由を侵害する可能性も高くなる。しかし、宗教が単一な国ではその可能性は低い
>し、また別の宗教を信じている者がいたとしても、宗教が多元的に存在している国よ
>りは、それらのものに対する配慮もし易いであろう。だから、その視点からも宗教が
>多元的に存在している国において、国家と宗教の関わりは厳格に分離すべきだという
>結論は合理的だと考えられうる。
完全な勘違いだ。宗教が単一の国家の方が大問題だ。
宗教が単一に近い国家は、宗教が単一であるがために他の宗教の存在を
許さず徹底的に排除する。徹底的に排除した結果が単一宗教国家なのだ。
その国家内においては問題が無いように見えるだけであって
他の国家にとっては常に脅威の存在なのだ。
政治が宗教から独立し、宗教の支配を断ち切った結果が多宗教国家なのだ。
しかし、多宗教であるが故に常にその政治は宗教からの攻撃や
再支配の企みの挑戦を受け続けることになる。
社会主義が言う『宗教は阿片』は至言なのだが、大笑いなのは社会主義
それ自体が宗教であることだ。マァ宗教とはそれほどに矛盾した
まことに困った存在であるということだ。
宗教を掲げるような香具師に碌なのがいないと言うことだけは保証してやるよ。





85 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/28 18:33 ID:???
>>80 れ氏
>今までの議論で明白なんだが・・・。
 議論って、私がそのことについてまだ>>68しか書いていない>>69の時点で、あな
たはそう断言していた訳だが。どうしてあの時点でそう断言できるのかというのが私
の発問だというわけだ。
>副次的にえられることと、制度の目的の区別もつかないらしいね。
 いや、むしろ刑事訴訟や人事訴訟においては「紛争解決」よりも「真実発見」の方
がより目的として重要視されている訳なのだが。結局のところ、刑事訴訟を行う目的
は被告人に対して国家に刑罰権が発生しているかどうかを明らかにする為に、真実は
どうであったのかを明白にすることだろう。だから、もし仮に「紛争解決」を主たる
目的にしているのであれば、例えば検察官もある被告人が殺人罪で有罪で死刑に処す
べきだと考えていて、またその被告人本人も自分が殺人罪を犯したことを認めていて
自分が死刑になることも望んでいれば、現実にその者が殺人を犯したかどうかに関わ
らず殺人罪が成立して死刑になるという帰結になりそうなものだが、実際の刑事訴訟
はそうではなかろう。
>合意すれば訴訟は取り下げられるわけだから、
 だから、訴訟を取り下げたら法的な助力は得られないと言っているのだが。相手が
任意に契約内容を履行しないからこそ紛争になるわけだろう?相手が任意に履行しな
い状態で訴訟を取り下げたら、紛争解決にならないだろう。
>だからいつのどういう事実をしてそういってるんだ?
 一番言いたかったことはそこではないのに、どうしてそこに噛み付くかな。その部
分にだけやたら長いレスを付けているし、よっぽど過去の歴史事実についての議論が
したいということか。

86 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/04/28 18:34 ID:???
>>81
>どっちなんだよ。
 だから貴殿が言ったように国教が成立しやすいかどうかという視点に立てば、貴殿
の言っている通りだが、当該判決においての把握は恐らく別の視点に立っていて、そ
の視点によれば不合理ではないのだろうと言っているわけだ。
>病院に行くか妄想をやめるか日本語の勉強をするか
 日本語の勉強はする必要があったかもな。w
だから私が言いたかったことは、他国がどうあるべきかどうかということではな
く、仮に日本がキリスト教国やイスラム教国のような単一宗教の国であるとしても、
或いは多元的に宗教が存在する国ではないとしても、少数者の人権保障のため政教分
離は厳格であるべきであるが、ましてや多種多様な宗教が存在する国であるのなら
ば、尚更政教分離は厳格に徹底されなければならないと当該判決は考えていたのでは
ないかということ。

87 :右や左の名無し様:04/04/28 19:26 ID:???
>>86
>当該判決は考えていたのでは ないかということ。
思いこみじゃないなら、そう理解した説明となる部分を指摘してくれないか?
無理な飛躍は説得力がない。

88 :◆r0FmiN9ADk :04/04/29 16:13 ID:???
>>85 Santi氏
前段:かこすれ全体を見てからイしてくれ。
中段:だから刑事裁判においての当事者は被告と誰なんだと聞いている。
下段:だから、紛争解決が裁判の目的だろう。
最下段:過去の議論を無視するからそうなる。確証なくものを言うなら、電波扱いだな。
>>86
前段:だからあなたはどっちなんだよ。
中段:単一宗教国家があると把握する時点で、信教の自由と対立するだろう。
そんなことは考えるわけがない。だから妄想なのか、あるわけがないのにあると考え
てしまったと言う把握ならば、日本語の勉強を必要とするか、何かしらの疾病かの
どれかとしか考えられないだろう。

89 :右や左の名無し様:04/05/01 01:33 ID:snemDzng
イラク事件を見て思うところ。

イスラエルを見ていても思うのが
日本人の宗教汚染度の低さ。
宗教のために人を殺すまでいってない。

日本人の特性なのか、自然観なのか
人の造ったものを基本的に信用しない
という考え方があるように思う。

そのかわりラジスティックな論理に
集団的扇動され易い危険性も、
より多くもった民族であるように思う。

90 ::04/05/01 05:36 ID:5LZ/VNcs


『日本発、地球統一政府]』 のロードマップA♪ (国際情勢板)
http://society.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1083265303/l50

 ↑
地球連邦4スレ目→世界から戦争と飢餓をなくす’がテーマです


91 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/05/05 01:41 ID:???
>>88 れ氏
>刑事裁判においての当事者は被告と誰なんだ
 被告人と検察官。
>紛争解決が裁判の目的だろう。
 刑事訴訟ではむしろ「真実発見」に重きが置かれる。
>だからあなたはどっちなんだよ。
 どっちでもない。判決文を書いた裁判官の考えを推測したまでの事だ。
>そんなことは考えるわけがない。
 多元的に宗教が存在する国である日本との対比でキリスト教国やイスラム教国を挙げていたのだからそう考えていたのでは?

92 :右や左の名無し様:04/05/05 07:49 ID:UoWEItVR
宗教を信じるのは現実逃避したいやつら。


93 :◆r0FmiN9ADk :04/05/05 09:42 ID:???
>>91
そなの、ふーん。

94 :◆r0FmiN9ADk :04/05/06 11:02 ID:???
馬鹿馬鹿しい限りなのだが、検察官が刑事事件の当事者なら、なんで
途中で当事者が変ったりできるんだ?

95 :Santi ◆R3KhrW2i86 :04/05/07 03:25 ID:???
>>94 れ氏
当事者が変わる?どういうこと?
もう少し私にも分かるような説明をお願いする。

96 :◆r0FmiN9ADk :04/05/07 09:27 ID:???
>>95
一事件一検察官なのか?結審まで・・・。

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